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時間感覚が物理的時間と一致しない理由と矛盾

時間の流れ

こんにちは🌱シンプルライフナビです。

明日は夏至ですね。夏至は、一年のなかで一番日の出から日の入りまでの時間が長い日です。

私が住んでいる地域も梅雨入りしていて、これからどんどん夏に向かって蒸し暑くなっていくことでしょう。

その一方で夜はこれから長くなっていくんですよね。

あまり意識していませんが、じわじわと変化は続いているわけです。

 

そして、ふと自分の生活を振り返ってみると、もうすぐ一年の半分が過ぎてしまうんですね。

早いな〜😅

相対性理論で時間の長さを変えられることが証明された?

小さい頃、子供の頃に感じた時間の流れは1日や1月、1年が今よりももっと長く感じたような気がするのは私だけでしょうか?

子供の頃は、何事も新しく、ちょっとしたことでも日々に変化があり、そのため時間を長く感じたのでしょうか?

それとも生物学的な年齢が若いほど時間を長く感じるものなんでしょうか?

時間の流れはどの人にとっても等しい長さなはずなんですが、常識と思っていることが常識ではないこともあります。

 

感覚論ではなく、物理学においても「時間」の精度を計る研究が行われています。 

アインシュタインの相対性理論では、時間は速度や重力によって変化するとされていますが、東京大学の研究チームなどが2020年に世界で初めて重力の影響を実証し、成果を発表しています。
この検証は、超スゴイことみたいです。

 

www.katori-project.t.u-tokyo.ac.jp

 

そうはいっても地球上での重力の影響は誤差みたいなものだと思われるため、生物学的な感覚からみれば日常には影響がなさそうです。

 

時間感覚と物理的な大きさとの感じ方の違い

親子による大きさの違い

 

時間とは異なりますが、物質的なもので考えてみると、同じ大きさなのに印象が全く違ったものがあります。

 

小学校の校庭、小学生の頃はめちゃくちゃ広く、広大に感じていました。

そして、高校になってから小学校に行ってみたことがあります。

「こんなに狭かったのか!?」

そのとき思いました。

記憶の中のイメージよりもかなり狭く感じたことがあります。

 

これは、小学生と高校生だと身長も違うし、手足の長さも違うのに、自分基準で物事を捉えていたから、と言えそうです。

客観的な物差しは同じだったとしても、自分の感覚だと自分中心に物事を感じていたんだなぁということです。

 

物質的なものの大きさの場合はこんなふうにある程度説明がつくような気がします。

だから同じものをみても、例えば親子では少し違って見えているのではないでしょうか。

 

時間感覚の感じ方の違いや矛盾の原因

時間はどうなんでしょうか?

生きている時間が短いほうが1日1日の記憶が印象付けられて残りやすのでしょうか?

生きてる時間が長いと、脳内記録が膨大になり過ぎて、全体の記憶の長さが例えば7歳から20歳に伸びると、1日あたりの記憶量が均等なら7→20に増えるはずだけど、記憶の中では記憶量ではなく、記憶箱という一つの箱の大きさは変わらず、その中で1日や1年のの比重が、例えば1/7→1/20のようになって短く感じるのでしょうか?

Google先生に聞いてみてもよくわかりません。

 

嫌なことが過ぎ去るには時間が遅く感じますが、好きな楽しいことをしていると時間が経つのが早く感じます。

人間の記憶や感情、感じ方ってあいまいですね。

 

全然うまく説明できないですし、言語化できませんが、同じ年代の人に聞くと、同じように感じている人も多いようです。

「うまくいえないけど、その感覚、わかるよ」と言われます。

 

生活がワンパターン化すると時間が経つのが早く感じるのは、日々の出来事に新鮮味が感じられなくなることが大きいのかな?

例えば子供がいる場合は日々予想がつかないことが多く、一人暮らしの人よりも1日が充実していたり、長く感じられることの方が多いのなーと思ったりします。

そうすると、誰といるかによっても時間の感じ方は変わるわけなので、永遠に答えを見つけることは難しそうです。

 

大人になってから変化がないかというと、そういうわけでもないですし。

 

会社にいればいろんな情報が入ってくるし、対応しなければいけないことは多いです。
でもそれは他人のために時間を使っているようにも感じてしまいます。

回り回って対応したことが相手の役に立ち、会社の利益にもなる。そして給料が支払われる。働かざるもの食うべからず。それは分かっているのですが…

 

やりたいことで生活できれば良いのですが、それができるのはきっと一部の優秀な方ですよね。

安定を求めているうちはダメなのかもしれないですね。

 

相対性理論では時間を変化させられるというけれど、時間の感覚の矛盾をどう考える?

明るく楽しい

辛い時は長く感じて、楽しい時は短く感じる。

なのに、生きてる時間が短いほど長く感じて、生きてる時間が長いほど短く感じる。

なんかもう、相当矛盾してます。

 

とはいえ時間は有限なわけですから、やはり何歳になってもやりたいことを少しずつでもしていけるようにしたいな、と思っています。

 

時間感覚のこの矛盾した課題は幸いなことに自分の気の持ちようで変えられるんですよね。

さきほど書きましたが、楽しい時は短く、辛い時は長い。じゃあ意図的にそういう状況にしてしまうことも出来ちゃうよね、ということです。

これには個人差が大きいと思いますが、不可能ではないのではないかな、と思っています🤔

 

時間の感覚の長い、短いは後から感じる結果だと思うからどちらでもいいけれど、

言葉もそうだけど、やっぱり外に向かって表現することって日常で大事なんじゃないかな。

今はそう思っています。

 

あなたはどうですか?

 

simplelifenavigation.com

 

最後までお読みいただき
ありがとうございました😊✨